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「ゲーム」という概念の形態変化

ゲーム開発会社が悲痛な叫びを上げているらしい。

http://prg.mmv.co.jp/blog/project-o/archives/2009/06/post-89.html

色々大変だなぁと、基本的には同情の気持ちがわいてくるのだが、心のどこかでうまく転換できていない同社を哀れに思ったりもしている。

特に、Wiiというプラットホームで何を展開すべきかという見極めが出来ていないのではないか、という印象があるのだ。同社の出しているゲームを見ていると、旧態依然としたビデオゲームを堅実に創り続けている、という印象を抱く。

や、朧村正は面白そうだし買ってみたいと思うけど。

特にWiiにおいて顕著だと思うのだが、「ゲーム」という概念が徐々に変わりつつあるのではないか、というのを最近すごく感じるのだ。

では「ゲーム」って本来は一体全体、どのような概念の対象なのだろうか?遠藤雅伸氏がインタビューでこう答えていた。

例えば,アバターを用いたコミュニケーションだって,インタラクティブで,満足感が得られるものだからゲームです。自分が何かをしたことによって何かが起き,そのことで満足感が得られるということが一番大事だと思うんですよ。

これには激しく同意。そう、「インタラクティブで満足感が得られるもの=ゲームの本質」だと思う。まぁ言ってしまえば人生そのものがゲームなんだけど。リアルに勝るゲームなんて無いと思うから。でもここではそれは置いておく。

そして時代は進み、ユーザにそんな体験を提供できるのが家庭のTVしかなかった時代から、PC、携帯端末と表現媒体は広がり、「家庭のTVでしか提供できないゲーム=体感、もしくは超高精細映像体験」となってしまった。

そんな時代に、昔の体験を家庭のTVで楽しむように仕向けようとしているところが、なんというか情けない感じがする。少なくとも7千円以上出して買うような、そんな価値があるようには見えない。>王様物語

面白そうには見えるんだけど、その金額を出すか?と聞かれると躊躇する。面白いかどうかと、売れるかどうかはまったく別問題。ゲームを作ってプレイヤーの楽しむところが見たいだけならフリーウェアで出せばいいし、ビジネスにしたいならもう少し考えたほうがいいと思う。

そんだけ投資するならリアルで人と遊んだ方が楽しい思いができる気はする。お金と時間を投資して得られる体験の選択肢が、すごく広い世代。それがWiiのターゲットでもあるという事だと思う。ゲーム機を使う大半が子供だった時なら良かったかもしれないけど、特にWiiは、すでに子供が一人で遊ぶだけのプラットホームじゃないってことも考えるべきなんじゃないかな。

いずれにせよ、ビジネスの世界で生き残るって、大変な話だよね。好きとか情熱とか、そういうのだけで済む世界じゃないから。


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