twitterで見かけた発言。
ソフトウェア会社の交流会って意味ないの多いよ。お互いに仕事くれ~って感じだろうし、創造的じゃないよね。それよりも若手のSE同士の交流を深める仕組みがさらに必要だと思う。
これを見て思ったことを徒然と。
このつぶやきは「会社同士の交流会は仕事の機会入手という空気になってしまって新しい創造には繋がりにくいから、若手SE同士の交流を深める仕組みを作ったらもっと良くなるのでは」というメッセージが含まれていると思う。
まぁ仕事を見つけるってのは普通に重要だから、意味がないってんじゃなくて目的が違うんだよきっと、と突っ込みたくなるが、それはまぁ置いといて、「SE同士」の交流を深める仕組みと言う部分に全く興味をそそられなかったのだ。
ここで改めて自己認識できた事が一つ。自分は同職種同士というのに全く興味がないのだな、と言うこと。
同じSEだからどうだと言うのか?同じような苦労をしている状況を明かしあって傷をなめあうとでも?そもそも、全く同じなんてあり得ない。似たような状況だったとしても、そこにある問題とその原因は全く違うところにあるのでは?
そんな考えがあるからか、同じSEの人との交流に興味がないのかもしれない。
もしかしたら、単に「交流」という表現が自分の感性と合致しなかっただけかな?交流って言葉が抽象的すぎるのかも。
「勉強会」って切り口なら普通に興味が持てる。それなら職種という枠組みはなくなるし、そこに参加する人同士の問題意識は共通しているだろうから、目的が明確と言う点で好ましい。
そうして考えると、自分にとって重要なのはあくまで「目的」であって「手段」ではないという事なのだろう。SEとか職種というのは後付けの呼称に過ぎないし、それで一括りにされても、興味の対象は常に「その時の目的を達成すること」であって、「その職種を全うすること」ではないため、職種を切り口にした交流会があったとしても自分には楽しめなさそう、ということなのだな。
もう一つ思うのは、おそらくSEというのがまだ新しすぎて、職種が未分化なのだろうってこと。例えば消防士は火にまつわる事故を防ぐのが目的。ではSEの目的とは何か?消防士のように明確に定義できるだろうか?プロジェクトを成功させること?それは抽象的すぎる。
◯◯士と呼べるほどに分化・洗練されたとき、交流会とやらに違和感を感じなくなる気がする。医者のように専門分野が分かれるのが自然かなぁ。情報士・検索科、鯖網科、とか。
うーん、情報士というのもしっくりこないけどね。
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