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	<title>空を想う力 &#187; Web/情報科学</title>
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	<description>よくあるつれづれブログ</description>
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		<title>今がまさに始まりの時なのかもな</title>
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		<pubDate>Wed, 09 Feb 2011 07:02:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hayashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web/情報科学]]></category>

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		<description><![CDATA[http://netafull.net/warai/037015.html TVでもラジオでも、既存メディアでは限られた時間の中で情報を伝えるために「編集」って行為をしてきたはず。例えばほんまでっかでは某教授の発言が一部 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><a href="http://netafull.net/warai/037015.html">http://netafull.net/warai/037015.html</a></p>
				<p>TVでもラジオでも、既存メディアでは限られた時間の中で情報を伝えるために「編集」って行為をしてきたはず。例えばほんまでっかでは某教授の発言が一部だけ切り取られて、発言者の意図が正確に伝わらないように放送されていたとか言う話もあった。情報の一部を都合の良いように切り取られて迷惑を被るという話は、別に今に始まったわけでもなんでもないわけだ。</p>
				<p>twitterありきで発言しなきゃとかそういう話ではなくて、人間を通した情報伝達は絶対に正確さを失わせてしまうってのは真実で、変えられないと思う。問題は、今までは拡散させる方法がTVとかラジオとか、それを職業としている人が動かしている世界でしか情報拡散の手段がなかった時代から、誰でも全世界に情報拡散させられるようになってしまったってことだよな。無意識的に行われる編集行為によって、なんの意図もなく野性的に情報が拡散していくということか。統制も何もあったもんじゃないよね。<span id="more-894"></span>物理的に近い人同士の意思疎通から、手紙とか伝書鳩とかそういうレベルで細い川が流れ始めて、電話とかラジオの登場で川が太くなり始め、TVの登場で大河になった。でもこれはまだ二次元的というか、本物の川のような感じ。平面的な地面があって、平面で水がうねりながらある方向に流れてる。</p>
				<p>今はインターネットによってその川とは別の次元に全くカタチの違う流れができはじめていて、twitterとかfacebookとかの登場で立体的な大河が生まれた、というイメージだろうか。全ての個が水源となりうるし、全ての個は流れを速めることも太くすることも細くすることもできる。</p>
				<p>この混沌とした状態は、またどこかに収束していくんだろう。そう考えれば、今はまだ新しい時代のホンの入口で、インターネットは今まさに始まったとも考えられる気がする。</p>
				<p>まだまだ楽しめそうだ。</p>
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		<title>TVの補完</title>
		<link>http://blog.kuzryu.net/2011/01/06/867/</link>
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		<pubDate>Thu, 06 Jan 2011 00:52:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hayashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web/情報科学]]></category>
		<category><![CDATA[感想・レビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[http://toshi-sawaguchi.life.coocan.jp/blog/2011/01/110106.html 結構好きな澤口教授がまたほんまでっかTVに出ていて、さらにブログで補足をされていた。 そもそも [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><a href="http://toshi-sawaguchi.life.coocan.jp/blog/2011/01/110106.html">http://toshi-sawaguchi.life.coocan.jp/blog/2011/01/110106.html</a></p>
				<p>結構好きな澤口教授がまたほんまでっかTVに出ていて、さらにブログで補足をされていた。</p>
				<p>そもそも自分はあまりTVをよく見る方ではないので追求したことはなかった気がするが、TVで放映された内容は相当編集されているのは周知の事実なので、出演者自身のブログでアフターフォローする、という形態がとれればさらにTV放送に深みというか無意味化してしまう情報に意味を復活させられるんではないか、と思った。</p>
				<p>なので、編集を嘆くのではなく、編集されて出なかったけど実際はどういう意味が込められているのか、という情報をご自身のブログで補足するのが前向きな行動の一つではないかと思ってみたりする。</p>
				<p><span id="more-867"></span></p>
				<p>そういう連携をとっているTV番組とブログって結構一般的だったりするんだろうか？あんまり自分のアンテナには引っかかってないが。</p>
				<p>例えばどんな番組でも構成作家が書いたシナリオのような台本とかそういうのがあると思うのだけど、そういうのを公開するというのはチョット面白いんではないか。タレントがしゃべっていることは本当に氷山の一角だろうし、ニュースなんて特に膨大な背景情報の中から取捨選択してTVの電波に乗っているんだろうと考えると、そこで生まれる誤解や不足を補うために、ソースを別の場所でオープンにするというのは有効そうな気はする。</p>
				<p>そんなことが可能なのかどうか分からないが、やれる番組もあるんじゃないかな。</p>
				<p>余談だがTVは何らかのきっかけで面白い、面白そうと思った番組を録画しておいて時々見たりするレベル。ほんまでっかTVはそのうちの一つ。まぁ見ないまま時間が経ってしまって削除、というのもよくあるパターンだが。。。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>書籍の次のステージ</title>
		<link>http://blog.kuzryu.net/2009/05/05/510/</link>
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		<pubDate>Mon, 04 May 2009 16:44:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hayashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web/情報科学]]></category>

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		<description><![CDATA[http://gihyo.jp/dev/clip/01/orangenews/vol50/0007 書籍の本来の目的やそのライフサイクルを考えれば、この試みは素晴らしいと思う。 書籍というのは「あるテーマに基づいた情報の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><a href="http://gihyo.jp/dev/clip/01/orangenews/vol50/0007">http://gihyo.jp/dev/clip/01/orangenews/vol50/0007</a><br />
				書籍の本来の目的やそのライフサイクルを考えれば、この試みは素晴らしいと思う。</p>
				<p>書籍というのは「あるテーマに基づいた情報の編集と考察をまとめた、ある時点でのスナップショット」だと考える。その編集結果は、ニュースよりももっとタイムスパンが長く、ブログよりも広く深く掘り下げられている場合の方が多い。</p>
				<p>もしネットが脳神経を模倣するまでに人々の思考が集約され、それを分析する機能をGoogleとかが持つに至ったならまた状況は変わるかもしれないけど、今のところそこまでに至ってない。なので、まだごく少数の人が編集し、考察し、ある時点での結論づけをする状況に変化はないだろうけど、同じテーマに関心がある人達のコミュニティを形成することで、情報の精度を上げる効果がありそうだ。より深く、より広く、より正確に、より洗練された情報に更新し続けられそうな予感も・・・。<br />
				<span id="more-510"></span>とはいえ、これをビジネスに結び付けることができなければ、この試みというか、書籍というメディアを次のステージに引き上げるのはちょっと難しいかもしれない。</p>
				<p>結局、人の活動は経済活動がベースになっているわけで、スタートレックのように永久エネルギーと完全リサイクルによる貧困の撲滅がなされない限り、純粋な知的活動なんてあり得ないわけだが・・・。</p>
				<p>・・・って、元記事では「書籍というメディアの次のステージ」ではなく「出版の未来」と言っている点に注意。<br />
				要するに、Webメディアで有効活用できる「アクセスログ」に類する情報を書籍の世界に持ってくることで、出版というビジネスで有効活用しようという動きがあるよ、という話。</p>
				<p>ま、SF小僧の妄想は置いといて（笑）ビジネスはビジネスでやっぱ面白い。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>ニンゲンのチカラ</title>
		<link>http://blog.kuzryu.net/2008/09/07/406/</link>
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		<pubDate>Sun, 07 Sep 2008 06:03:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hayashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web/情報科学]]></category>

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		<description><![CDATA[物理的な距離を越えて、時間を越えて、人や物事にアクセスできるようにしてくれるネットのサービス。例えばGoogleやYahoo、各種のブログサービスは勿論、ケータイ電話を窓口にして利用できる地図サービスや検索サービスなどな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>物理的な距離を越えて、時間を越えて、人や物事にアクセスできるようにしてくれるネットのサービス。例えばGoogleやYahoo、各種のブログサービスは勿論、ケータイ電話を窓口にして利用できる地図サービスや検索サービスなどなど。インターネットで次々と展開されていくサービスを使っていると、ものすごく便利で楽しい反面、ふと不安になることもあります。<br />
				「向こう側の力」に依存すればするほど「自分自身の力」を衰えさせていることになるんじゃないかと。</p>
				<p>では例えばどんな風にどんな能力が衰えていくのか？</p>
				<ul>
				<li>GPSナビを多用しすぎることで、地図を理解する力、地図を短期的に記憶する力が衰える。</li>
				<li>経路探索サービスを多用しすぎることで、最適解を導き出す能力が衰える。</li>
				<li>メールやチャットを多用しすぎることで、対面での相手を理解する力が衰える。</li>
				</ul>
				<p>この考えはいささか乱暴だと分かっていますが、それまで自然に行っていた鍛錬の機会が減ることは確実です。</p>
				<p>人間というのは使わない能力がすぐに衰えてしまう生き物なので、ITによる便利サービスにどっぷり浸かってしまうと、それまでできていたことがすぐにできなくなってしまい、ネットにつながった端末がないと何もできない、という状態に陥ってしまうと思うのです。</p>
				<p>そこまでヤワかな？と思いたいのですが、便利なサービスを作って世の中を少しでもハッピーな方向に向かわせたいと考えている自分たちとしては、作ろうとしているサービスを利用することで良くなるイメージと一緒に、失われる機会は何なのか、そしてそれを補完するためにはどのようなことを意識的にやらなければならないかを考えておかねばならないのでは、という気がしています。</p>
				<p>でも、もう一方では一部の能力を高めてくれることで見えてくる別の能力というのもあるはず、という期待もあります。人のチカラが今の状態で全て揃っているわけではなくて、能力の取捨選択をしている段階なのでは。インターネットによって地球規模でのコミュニケーション拡大が、新しい能力の取捨選択をする場になっているのでは、というワクワク感もあるのです。</p>
				<p>だからこそ、この仕事が続けられるのでしょうね。<br />
				ニンゲンのチカラって、自分ごときに心配されるほど、ヤワじゃないよね。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>批判は不毛だし勝手編集した受け取りも危険</title>
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		<pubDate>Mon, 28 Jul 2008 07:20:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hayashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web/情報科学]]></category>

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		<description><![CDATA[このエントリが批判めいていると言われても仕方がないのだけど、、、 http://d.hatena.ne.jp/higayasuo/20080630/1214802160 ネットによる情報の流通が多くなってきて、「意図的な [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>このエントリが批判めいていると言われても仕方がないのだけど、、、</p>
				<p><a href="http://d.hatena.ne.jp/higayasuo/20080630/1214802160">http://d.hatena.ne.jp/higayasuo/20080630/1214802160</a></p>
				<p>ネットによる情報の流通が多くなってきて、「意図的な編集がされていない情報」が多くなってくるにつれて、逆に情報の一部だけを<strong>無邪気に取り出して揚げ足とったり批判したり</strong>と言った「稚拙な」議論が繰り広げられているのかなぁ、という印象。最初のエントリを書いた方も、それを批判している方も、どっちも。</p>
				<p>ま、だからこそ「釣りにわざと釣られるのが流行っているのか」とか言われているわけだけれど。ちょっと良くないよなぁと思うのは、そういうエントリが「わざと釣られているのかどうか」がトラバとかコメントとか、分散した話を追いかけて統合してみないとわからないという点。</p>
				<p><span id="more-5"></span></p>
				<p>ブログ（日記）っていうのは「意見表明」するのには向いてる媒体だと思う。でも「議論」には向いてないよなぁやっぱ。</p>
				<p>一人の人間の経験値なんてたかがしれているわけで、エントリで何らかの結論を書いたとしても、それはまだまだ途中だったりするわけだ。数分か長くても数十分程度でまとめた意見なんて、そんなに大したもんじゃないよ。なので、個人のある時点での意見表明としてとらえれば良くて、それに対して批判めいたことをしてもあまり進展がない気がする。不毛だ。</p>
				<p>というか、批判した本人が「10分見た程度で・・・云々」と言っているワリに、この不十分な人に対して批判をまき散らし、最後には「こんな国滅んで良いよ」と言ってしまうこの世紀末っぷりには、どんだけモヒカンなんだろうかと思った。</p>
				<p>「キミキミ、それは違うんだよ」という指摘の連鎖で議論がベターな方向に収束していくなら読んでみたい気もするんだけど、モヒカンだらけの荒廃したこの世界には、そんなトキみたいな人は存在しなくて、いてもアミバみたいな人体実験したがりがむやみに他人を傷つけて仕舞いにはアベシっていう世界なのかなぁ。</p>
				<p>それとも、頭がいい人たちにとっては一度口に出したことは言った人にとって論理的結論を出した「完全なる回答」であり一切撤回できなくて、あとは血で血を洗う戦いになっちゃうんだろうか・・・。まぁアメリカとかには「許さないから謝罪なんて興味ない」と言い切ってしまう人もいるので、ネットだからとかいう現象じゃないのかも。</p>
				<p>んー、なんかほんと不毛というか、そんなに批判するためのエントリにどんだけ時間かけてるんだろうかと思って悲しくなったよ。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>Webとゲームと視覚化と３</title>
		<link>http://blog.kuzryu.net/2007/11/24/285/</link>
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		<pubDate>Sat, 24 Nov 2007 06:07:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hayashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web/情報科学]]></category>

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		<description><![CDATA[
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>
				前回は「広告のノウハウが生きる余地なんて全然小さい」なんて書いてしまいましたが、それは自分が広告についてわかっていないだけだということを今更気づいて汗顔の至りっす。
				</p>
				<p>
				ま、そういう未熟な自分を見つめ直しつつ考えを深めていくというのがブログを書いていく目的でもあるので、それはそれとして大目に見よう。
				</p>
				<p>
				といってもまだ３を書くには早すぎる。またあとで。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>タグ付けの意味</title>
		<link>http://blog.kuzryu.net/2007/11/24/284/</link>
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		<pubDate>Sat, 24 Nov 2007 06:04:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hayashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web/情報科学]]></category>

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		<description><![CDATA[
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>
				ふと思ったメモ。
				</p>
				<p>
				どうしてタグ付けするかというと、未来において<strong>自動的に分類してほしい</strong>から。<br />
				<br />自分が欲しいと思った情報に近い過去の情報を引っ張ってきてほしいから。要するに検索性を高めるためのメタデータ付与の活動がタグ付け。それを元気玉よろしくみんなの力を分けてくれ状態に仕様としているのがフォークソノミー。
				</p>
				<p>
				JASでは当然タグ付けをすることになると考えているのだけど、それをどう活用するか？<br />
				<br />タグ付けというのは情報分類の指針、例えば３Dのキャラクターアニメーションに例えるとボーンに相当すると思う。ボーンを基礎にしていろんな情報をとり回すことになる。だけど、キャラクターアニメーションと違うのは、そのボーンが変化する可能性がかなりある、ということ。
				</p>
				<p>
				あ、そうか。有機体のアニメーションを参考にしてみると面白いってことかも？</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>Webとゲームと視覚化と２</title>
		<link>http://blog.kuzryu.net/2007/11/09/283/</link>
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		<pubDate>Thu, 08 Nov 2007 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hayashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web/情報科学]]></category>

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		<description><![CDATA[
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>
				今（2007年）のWebはちょっと前と違って「アプリケーション化」されつつあります。「情報を手に入れるのが主目的」だった時代が終わり、「情報を手に入れようとするユーザの動きをまた情報化してさらにそれを利用して別のアクションにつなげる」という永久機関的な状態になっていると感じています。らせん構造でネバーエンディングストーリー。
				</p>
				<p>
				で、今度はその「別のアクションにつなげる」をどうしたらよいのかをサポートするために、あらゆる情報にタグ付け（メタ情報の付加）をして情報「流通」に関するマーケティングをして、それをコンサルするという動きもありますね。<br />
				<br />が、それだけじゃ足りないなぁと日々思っています。タグ付けするというのは、今のところまだ革新に至るだけのパワーがない。まだ模索段階。でも、目的を明確化しない限り、ずーっと模索状態が続くと思ってます。
				</p>
				<p>
				オープンなWebという空間は、オープンであるが故に目的が明確化されない（発散しがちな）世界だから、本質的に目的を明確化してアプリケーションを提供するのは難しいのではないかな、と感じています。
				</p>
				<p>
				ま、こんな話は誰にでもできるわけで、見ているだけじゃだめだなぁ、と思う今日この頃です。こんなんじゃ情報を手で編集しているレイヤーから脱却できないなぁ、と。ここで、ユーザの目的を明確に意識して「アプリケーション」を提供するサービスプロバイダーになることを考えないといかんなぁ、と。
				</p>
				<p><span id="more-283"></span></p>
				<p>
				そんでまたWeb業界とゲーム業界の話に戻ります。
				</p>
				<p>
				これからのWeb制作業界にはゲーム業界の考え方がすごく役に立つのではないかと思っているわけです。ユーザに目的を与えるのもクリエイターの仕事だし、その目的をいかに楽しませるかというのもクリエイターの仕事。情報を与えるだけじゃない。その情報を「使って」何をするか。何をしたらもっと楽しいか。何ができたら有意義か。そういったことを見つけ出すときのノウハウが一番詰まっているのが、ゲーム業界だと。真のクリエイティブ。アプリケーションを扱い始めたWeb業界じゃ、広告のノウハウが生きる余地なんて全然小さい。と思うわけです。広告作ってるワケじゃないんで。
				</p>
				<p>
				ある特定のコンテキストの中では、search / findできるのは当たり前。そんな情報は一瞬で手に入れて、重要なのはその先。and then&#8230;<br />
				<br />ゲームも情報なんて一瞬で入手できて当然。キャラのステータスとか。その情報で何を決断するか。それが重要。決断に足る情報をくれないゲームは、ちょっと不親切でストレスがたまる。スコープが汎用的で広すぎると、多分この「目的」を定義できずにつまらないアプリケーションになりかねないと思う。
				</p>
				<p>
				GoogleAnalyticsで、Web業界はやっと「ステータス」が一瞬で分かるようになりました。それまではアホみたいに高い金払わないと手に入らなかった。こんなんじゃずーっとGoogleにおんぶにだっこじゃね？つまらんなぁ。
				</p>
				<p>
				だから、今いる業界のコンテキストで新しいアプリケーションをサーブできるのではないかと考えてはや3年。自分の企画力のなさから、なかなか社内で提案するまでに至っていない未熟者。。。orz
				</p>
				<p>
				まだだ、まだ終わらんよ！ｗ<br />
				<br />ということでさらに待て次号！！（待ってないってｗ）</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>Webとゲームと視覚化と１</title>
		<link>http://blog.kuzryu.net/2007/11/05/282/</link>
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		<pubDate>Mon, 05 Nov 2007 12:45:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hayashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web/情報科学]]></category>

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		<description><![CDATA[このエントリは社内SNSで書いていた物が発端だったりします。Webの情報を視覚化する試みについて、ゲーム業界における視覚化と軍事技術の世界での視覚化がもっとも進んでいるな、という話を出しました。 で、そのときある人が「ゲ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>このエントリは社内SNSで書いていた物が発端だったりします。Webの情報を視覚化する試みについて、ゲーム業界における視覚化と軍事技術の世界での視覚化がもっとも進んでいるな、という話を出しました。</p>
				<p>で、そのときある人が「ゲームというのは閉鎖的というか実生活と切り離されすぎてる感じがして魅力を感じない」と言っていました。私がゲーム好きというのもありますが、ゲームクリエイターたちの情報視覚化についての情熱はこれからのWeb制作にも応用できると考えています。</p>
				<p>そういう前提での話。</p>
				<p>文章を書いていたら自分の考えがまとまってきたので、せっかくだからブログに載せようかな、と。</p>
				<p><span id="more-282"></span></p>
				<p>ゲーム好きっていうフィルターがかかってるから私の意見は微妙にゆがんでいるかもしれませんが、結局一般的なWeb空間というのも、利用者は「ある特定のコンテキスト」という空間にいるわけで、ゲームという特異空間とそれほど違うって事もないのではと感じています。情報の視覚化へのアプローチ、と言う点では、ですけど。</p>
				<p>ま、要するにゲームクリエイターたちの「情報の見せ方への挑戦」というのは本当に面白い！そこを見ないでWebデザインをするってのはすごくもったいないな～というハナシ。（＾＾；</p>
				<p>ゲームクリエイターは「情報を見せる」というよりはもっと大きな視点「楽しい物語世界の提供」を根底に敷いて、その演出としての情報の見せ方が結果として出てきているのでしょう。また、徹底的な「楽しさの追求、つらさの排除」が「情報の見やすさ」につながっていると思います。</p>
				<p>どう見せればより楽しんで目的に到達させるか、到達させないか、システムを余すところ無く楽しみ尽くせるかを、ゲームクリエイターはすごく考えてます。それができてないゲームは大抵クソゲー。自分たちが作っているくせに、ゲームの目的すら良く理解してないゲームが昔はたくさんありました。（クソゲーの歴史ってヤツも語り出すと止まらないんだこれがｗ）</p>
				<p>話が飛躍しますが、そういう考えのもとで、じゃあ自分たちが今後どういう風にビジネスを展開していけば良いんだろうか、という方向に思考を進めていくと、ちょっと有意義な試みになるかなぁ、と思いつつ待て次号！</p>
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		<title>自動的に鏡面反射イメージ</title>
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		<pubDate>Wed, 31 May 2006 21:50:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hayashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web/情報科学]]></category>

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		<description><![CDATA[
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			<content:encoded><![CDATA[				<p><a href="http://cow.neondragon.net/stuff/reflection/">Reflection.js</a>:<br />
				via <a href="http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20060529_reflectionjs/">Gigazine</a></p>
				<p>鏡面反射しているっぽい画像を動的に作ってくれるJavaScriptらしい。<br />
				すげー。</p>
				<p>どう処理しているか、後で見てみよう。</p>
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